2017年02月16日

真の責任と覚悟とは

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ここのところ
宇宙から
「覚悟と責任」について
テーマを次から次へと
突き付けられていました。

以前のブログに

「私は「責任」というのが
小さい頃から大嫌いで
とてもやっかいで
面倒くさいこと。
予期せぬ嫌なことが起こり
自分のせいではないのに
無駄なリスクを背負わされ、
自由を奪われるようなイメージ。」

と書いていました。

もちろん、これは「責任」に対する
間違った解釈です。


最近、あるスピリチュアルリーダーの方が書いた
本を読んでいるのですが

その方はスピリチュアルリーダーでありながら
ビジネスでも成功されていて
芸術にも長け、
武術の達人でもあります。


そんな全てにおいて
才能豊かでいらっしゃるけれど

真にスピリチュアルに生きると
もともと私たちは無限の創造者であるのだから
どの方面も豊かに現実化するのは
当たり前である、と
仰っています。

逆に言えば
どんなに自分がスピリチュアルな
生き方をしている、
探求している、
と思っていても
現実が豊かでなければ
それはスピリチュアルな人生を
生きているとは言えないと
はっきりと仰っています。

その中でまずは
自分が思ったことが
100%この世界を創っている
ということを
全面に受け入れること、
確信することが
大切だとも仰っています。

本当にその通りだと思います。
だとしたら上記の
私の「責任」に対する
解釈や受け取り方は
全然真実でもなければ
スピリチュアルではありません。

そう思い
全てを自分が創りだした、と、
見えるもの、聞えるもの、感じるものを
そのまま受け入れるようにしてみました。

するとそこで出てくるのが
「これはさすがに私が創り出したと
受け入れがたいことだ」
という不快感や怒りだったりします。


これこそがエゴの主張です。


ですが例外なく、
それも私が100%
創り出したものなのです。


そして、その受取りを
何の感情も解釈も分析も加えず
ただ受け入れるのです。

そうすると不思議と
愛と至福、
自由と豊かさの思いが
フツフツと湧いてくるのです。

そして改めて気付くのです。

「責任」とは
全てのことを自分が創造したと
素直に認め受け入れることなのだ、と。

そして
「覚悟」とは
自分がそれらを創り出す存在だと
覚悟することなのだと。


この世界は
意図で成り立っています。

宇宙は「こうしよう」
という意図をもったことで
出現しました。

(それを言葉に表現することは
余りにも広大、深淵過ぎて無理ですが)

私たちも然りです。

意図がなければ
個の展開はありません。


その意図
(個の願望では決してありません)を
しっかりと持ち
それに対する
覚悟と責任を
100%受け入れた時に
新たな展開が
起こって来るのだろうと思いますし
スピリチュアルに生きるとは
そういう事なのではないかと思います。

それなくして
スピリチュアルを探求していますとは
とても言えないな、
と反省している今日この頃です。


posted by かおる at 14:19 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする