2017年06月09日

欲求の動機はどこから?

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前回ブログの補足及び
もう少し深い部分について
お話したいと思います。


『 「目覚める決心をしました!」
と言う割に
未だに
「個」の欲求を
まるで宇宙は
そのように
望んでいるかのように
都合よく判断し
自分の好きなことをする!
その結果、
物質的な繁栄も手に入れる!!

などと言っている
スピリチュアルの方が
まだまだ一杯いらっしゃるのを
ここ最近、よく目にします。』

と書きました。

でもそれは
「個」の欲求が悪いわけでも
それを望んではいけない
訳でもありません。


ただ
「目覚める」ことを望みながら
「個」の欲求を最優先に
叶えることは出来ないと
言っているのです。


「個」を最優先させた
願望が出てくるということは
意識は目覚めていない状態です。

なぜなら目覚めが進んでいくと
分離という幻想が分かってきて
「個」という単位で
物事を見ることが
出来なくなるからです。

意識が目覚めると
全体一つであることが真実で
それ以外はないことが分かるので
「個」の願望、欲求が
ただの幻であることも
はっきりと分かるので
「個」の欲求が
意味をなさなくなるのです。


エゴという思考は
目覚めても存在はしているので
「個」の欲求が湧いてきます。

ただもう幻想であると
分かった意識は
そこにフォーカスもしなければ
興味もないのです。


意識が目覚めた上での
個の願望は
成そうが成されまいが
どちらでも構いません。

そこにフォーカスするより
全体調和のために
それが起こっていくことを
知っているからです。

執着がないので
個の願望をそのまま純粋に受取り
その後は宇宙にお任せに入ります。

それも「お任せするんだ!」
ではなく
そうなることを知っているので
自然とそうなります。

些細な願望まで
そういう見方になるので
それが当たり前になっていきます。


二人羽織りの意識になった
数週間後、
洋服が欲しいと
この「個」が思ったので
お店に行ったのですが
どれもピンとくる服がありませんでした。

でも「個」は
何か欲しい、何か買いたい!と
欲求を前面に出すのです。

それに反して
拡がった目覚めた意識は
全ては成されていくという
絶対的宇宙への信頼で
その「個」を愛しく眺めています。

「個」の欲求と
目覚めた意識の
宇宙にお任せの
エネルギー状態が
あまりに違いすぎて
「個」は混乱をして
めまいを起こしました。

少し、売り場で目をつむり
意識側のエネルギーに合わせた時
全ては成されるのだからという
信頼感と安心感、愛のエネルギーで
「個」は受け入れて
今、欲しいものがないということは
今、買わなくていいのだ、と
愛と至福の思いで納得し
欲求を手放しました。


結局、欲しい服は見つかりませんでしたが
その時になれば見つかるかもしれませんし
すでに持っているかもしれないし
必要ないのかもしれません。

どちらにしても
その時の状態は
ただただ純粋にどちらかに偏ることなく
中庸な状態であったので
その状態で
また服が欲しいと思ったら
それはステキな服に出逢えるよ、という
サインになるかもしれませんね。


このように目覚めが進み
クリアで中庸な状態にあっても尚
出てくる欲求は
「個」だけの欲求ではなく
宇宙の調和や全一への
愛に基づくもので
スムーズに手に入れられるのです。

洋服ごときで?
と思うかもしれませんが
洋服だろうが
将来の大切な選択であろうが
全ては同じところからの
愛の見方、判断です。

些細な一つひとつが
宇宙の全一愛の欲求でなければ
大きな選択であれば
なおさら愛の欲求でなければ
恐怖や不安で動けないと思います。

その積み重ねです。

今、思えば
目覚める直前に
何かしようと思ったり
何かが欲しいと思った時に
これはどこから出ている欲求だろうか?
と一々感情にフォーカスをしていた
時期がありました。


「個」の欲求であったと分かった時は
「まだまだ、だなぁ・・・」
なんて思っていましたが

それが目覚めてからは
全てのために、みんなのために、が
自然と真っ先に出てくることに
驚きました。

そして
なぜ今まで
全てのためにと
思えなかったのが
不思議に感じるくらいでした


だって「個」という分離は
本当に幻想なのですから。


みなさんも
気付いたところから
それは誰の欲求だろうか?
誰が言っているのだろうか?
と問いを発してはどうでしょう?
そうやっていくうちに
無理なく自然と全一愛への見方に
なっていくと思います

posted by かおる at 13:35 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする