2017年09月01日

期待を手放す

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「期待をしないでやる」

先日、
あるスピリチュアルリーダーの方と
お話をしていたときに
このことを話ていて
とても印象に残っていました。

私たちはつい
何かを求める時に
または
みんなのため、
宇宙繁栄のために、
と意宣る時に
一緒にもれなく
「期待」をくっつけていると
感じます。


大小、強弱は
ありますが
それでも
ゴマ粒一つたりとも
くっつけていません、
というのは
ほとんどないのでは
ないのかな・・・、と。

前出の
スピリチュアルリーダーの方に
数年前に言われたのが

弥栄に真を尽くしたいと言うけど
それが何も報われなかったとして、
それでも神様は見ていてくれてる、
と思っているかもしれない。

でも、それすらもなかったら
どうだろう?

それでも、
弥栄に真を尽くそうと
思うだろうか?

ということです。


この言葉は
まさに
「期待をゴマ粒一粒たりとも
くっつけていないか?」
の確認になると思います。

神様ですら見ていないこと。


どこかで
やはり
何か
期待していないでしょうか?

俗に言う善行ですら
期待をくっつけた時点で
それはもう純粋な
意図、意宣り、
愛からの行動では
ありません。

徹底して
「期待を手放すこと」を
しておくことが
とても大切だと感じます。

「期待を手放す」というのは
偏りの中でも
微細なエネルギーに入ると思うのですが
その微細な偏りでも
後々、大きなブレや
目覚めの壁になっていきます。

宇宙はそこまで
純粋な意図を求めているようです。

逆に言えば
今だからこそ
私たちは
その微細な偏りを
中庸へ導くことが出来る
ということです


追記
ただし
「希望を持つ」こととは
ちょっと違うので
そこはまたご自身で
どう違うのかしっかりと
内側を見つめるように
してください。

「期待」は
偏りがある状態の
ことですが

「希望」は
全一の愛の状態です。








posted by かおる at 09:00 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする