2017年03月01日

春分の日まで

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2月26日に
うお座の新月を迎えました。

ここから3月20日の
春分の日までが
とてつもなく大きな
分岐点になることを
スピリチュアルリーダーの方々が
発信しています。

大きな分岐点とは

完全なる「個」の死です。

完全に真の意識に
目覚めることです。

これを春分の日までに出来る限り
することです。

出来ないかもしれない、とか
出来なかったら
それはそれでしょうがない、
という甘い考えは捨ててください。

与えたものが戻って来るという
この世界の法則では

中途半端な決意は
中途半端な現実創造しか
起きないのです。



スピリチュアルな方の言葉として
出来なかったら、
それはそれがベストだったということだよ、

とありますが、

今回に関しては
その言葉は
ただの逃避、甘え、
自己弁護でしかありません。


出来なかったら出来なかったで
覚悟はしておいた方が良いでしょう、
と私は言いたいです。

それだけ宇宙は
真剣な問いかけをしているのです。

「それで、あなたはどうしたいの?」と。

もちろん何を選択するのかは自由です。
何を選んでも全てOKなのです。
そこに
正しいとか、間違っている
ということはありません。

ただ選択には
その結果はちゃんと
公平である、
ということです。

不平不満はもう通用しないと言う事です。


誰かのせい、
何かのせいしていたものが
ことごとく覆されるようになってきます。

今まで、
そして今起こっていること
感じていることは
全て何一つ例外なく
自分が創りだしているということを
受け止めなくてはいけない状況が
どんどんと出てくるということです。


本来であれば
そこを許し受け入れることが
意識の目覚めにつながるのですが
その意識の目覚めに対する
覚悟が中途半端だと
苦しいばかりで、
受け入れることが困難になります。

そうなるまでに沢山の時間と
労力を必要とするかもしれません。

ですが春分の日までは
宇宙がそれをサポートしてくれるのです。

後押しし、
いつもより許し受け入れるのが
容易な状態にサポートしてくれるのです。

どうぞ、このチャンスをお見逃しなく!

春分の日を分岐点に
ますます意識の目覚めと眠りの
二極化が進んでいきます。

再度言いますが
どっちを選ぶかは
あなたの自由です。

それに
良い、悪いも
正しい、間違っているも
ありません。
そこだけはお間違えないように。

そしてその許し受け止めることも
苦しむためにそれをするのではないので
楽しんでください!

心が喜ぶからやるのだという
姿勢はとても大切です。

深刻にやらないで
真剣にやってください。

真の自分に戻ることに
ワクワクして
癒され統合されていく意識を
楽しんで過ごされてください。

これが春分の日まで、
日々過ごす大きなポイントの一つです!


posted by かおる at 11:03 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月16日

真の責任と覚悟とは

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ここのところ
宇宙から
「覚悟と責任」について
テーマを次から次へと
突き付けられていました。

以前のブログに

「私は「責任」というのが
小さい頃から大嫌いで
とてもやっかいで
面倒くさいこと。
予期せぬ嫌なことが起こり
自分のせいではないのに
無駄なリスクを背負わされ、
自由を奪われるようなイメージ。」

と書いていました。

もちろん、これは「責任」に対する
間違った解釈です。


最近、あるスピリチュアルリーダーの方が書いた
本を読んでいるのですが

その方はスピリチュアルリーダーでありながら
ビジネスでも成功されていて
芸術にも長け、
武術の達人でもあります。


そんな全てにおいて
才能豊かでいらっしゃるけれど

真にスピリチュアルに生きると
もともと私たちは無限の創造者であるのだから
どの方面も豊かに現実化するのは
当たり前である、と
仰っています。

逆に言えば
どんなに自分がスピリチュアルな
生き方をしている、
探求している、
と思っていても
現実が豊かでなければ
それはスピリチュアルな人生を
生きているとは言えないと
はっきりと仰っています。

その中でまずは
自分が思ったことが
100%この世界を創っている
ということを
全面に受け入れること、
確信することが
大切だとも仰っています。

本当にその通りだと思います。
だとしたら上記の
私の「責任」に対する
解釈や受け取り方は
全然真実でもなければ
スピリチュアルではありません。

そう思い
全てを自分が創りだした、と、
見えるもの、聞えるもの、感じるものを
そのまま受け入れるようにしてみました。

するとそこで出てくるのが
「これはさすがに私が創り出したと
受け入れがたいことだ」
という不快感や怒りだったりします。


これこそがエゴの主張です。


ですが例外なく、
それも私が100%
創り出したものなのです。


そして、その受取りを
何の感情も解釈も分析も加えず
ただ受け入れるのです。

そうすると不思議と
愛と至福、
自由と豊かさの思いが
フツフツと湧いてくるのです。

そして改めて気付くのです。

「責任」とは
全てのことを自分が創造したと
素直に認め受け入れることなのだ、と。

そして
「覚悟」とは
自分がそれらを創り出す存在だと
覚悟することなのだと。


この世界は
意図で成り立っています。

宇宙は「こうしよう」
という意図をもったことで
出現しました。

(それを言葉に表現することは
余りにも広大、深淵過ぎて無理ですが)

私たちも然りです。

意図がなければ
個の展開はありません。


その意図
(個の願望では決してありません)を
しっかりと持ち
それに対する
覚悟と責任を
100%受け入れた時に
新たな展開が
起こって来るのだろうと思いますし
スピリチュアルに生きるとは
そういう事なのではないかと思います。

それなくして
スピリチュアルを探求していますとは
とても言えないな、
と反省している今日この頃です。


posted by かおる at 14:19 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月03日

受け取ることは愛である

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先日、
あるセミナーを受けに
東京へ行ってきました。

そこでとても印象的な言葉を
インストラクターの方が仰っていました。


「エネルギーを
どんどんと受け取ってください。
受け取り上手になってください。」

そこで、はっと気付きました。


そうだ、
本当はどんどんと受け取っていいんだ。
欲しいものは欲しいと
宇宙にリクエストしていいんだ。

・・・と。


ただし
その「欲しい」は誰が欲しいのか。

個の「欲しい」は
残念ながら
かなえられないことが結構あります。
(その願いが宇宙と調和してなければ)


ですがそれを
地球の弥栄の貢献のため
宇宙の調和のため
それが欲しいだったら
どんどん願ってもいいし


逆に一人でも多くの方の
役に立ちたいから


エネルギーが、才能が、お金が、チャンスが、
智慧が、仕事が、パートナーが、健康が

欲しいと願うのは
当たり前のことなのです。



受け取りが下手とか
受け取ることに躊躇したり
受け取ることに遠慮したり
しているということは
「個」が欲しているということです。


神意識からの欲求であれば
そこに受け取る躊躇も
受け取る遠慮もありません。


受け取り上手な方というのは
もしかすると宇宙の調和の中に
いる人かもしれませんね。

どんどん受け取り
どんどん流す

もっともっと役に立ちたい
もっともっと弥栄に貢献したい

だから
もっともっと○○をください。

そう素直に言えるといいですね。
私も素直にどんどんと
言えるようにしたいです。


ちなみに東京でのセミナーに
福岡からの参加をされた人というのは
私が初めてだったらしく
(皆さん都内からの参加でした)
すごく驚かれていました。

逆にスピリチュアル系のセミナー開催が
ほどんどない福岡ですから
(他の地方の方もそうだと思います)

東京へわざわざ時間とお金をかけて
参加することは
それすらも
宇宙へ大きな愛を示していることで
それこそが弥栄に真を尽くすことです、

と言われました。
(まあ、セミナーの
参加理由にもよると思いますが・・・)

なんか、
こういう形で貢献できているのって
嬉しいなぁと思った
ステキな東京2デイズでした

posted by かおる at 15:59 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする