2017年06月07日

改めて意図を強く持つこと

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前回の二人羽織り体験をしてから
1ヶ月。

意識はどんどんと目覚め
今では個が自分であるという幻から
すっかり出てしまい

もう、
なぜ今までそれを絶対的な真実であると
信じてこれたか
さっぱり分からなくなりました。

時間が一定方向に
流れる感覚も分からなくなり
日常も流れるように進まず
(意識をフォーカスしたところが
全時間であるという認識です)
垂直に時間は存在することを
日々実感しています

また
分離という感覚もほとんどなくなり
私利のための私欲というものも
湧かなくなり

全ての行動の動機は
全て生命、存在のために
宇宙の調和、繁栄のために
ただそれのみになってきました。


この感覚は
実際に目覚めて気付くのですが
犠牲の感情や
高尚な感情などから
かけ離れた

真の私の、真の在り方
そのままであり

そのように
「私」が考えるのでもなく
「私」が行動するのではなく
ただ、そうであるという
絶対的な意識、
「在る」状態を基盤にしています。


「目覚める決心をしました!」
と言う割に
未だに
「個」の欲求を
まるで宇宙は
そのように
望んでいるかのように
都合よく判断し
自分の好きなことをする!
その結果、
物質的な繁栄も手に入れる!!

などと言っている
スピリチュアルの方が
まだまだ一杯いらっしゃるのを
ここ最近、よく目にします。

自分が好きなことの
「自分」って誰でしょう?

物質的な繁栄を
手に入れたがっているのは
誰でしょう?

そしてそのように言っているのは
誰でしょう?


何度もこのブログでも言っていますが
エゴはとても巧みに
「個」が自分であり、
それが真実であると
正当化させようと
手を変え品を変え伝えてきます。

とっても魅力的で
ワクワクするような言葉で
引っ張ろうとします。

こういう状態に
なっている時と言うのは
たいてい
中心が定まっていなく
頭は思考で一杯で
感情と一体化している状態です。

しっかりと中心にいて
「個」は幻である、ということを
常に念頭に置いて
なるべく思考を使わないように
しておかないと
あっという間に
深い眠りに入っていきます。

今までも
そうやって
あっという間に
眠りに入り込んで
しまった方々を見てきましたが
ここへ来て
その道をたどる人も
また増えてきたな、と感じます。

多分、本当に本当に
宇宙規模の大きな岐路に
なっているのだと思います。

5月24日には
マヤ歴での第9の宇宙の波という
エネルギーが来たと言われています。

その2日後には強烈な
新月のエネルギーもありました。

敏感な方は
何かエネルギーが大きく変化したと
感じていらっしゃる方も
いることでしょう。

ですが
その変化を感じることは
さして難しいことではありません。
通常と違うものを
感じているのですから。


大切なことは
それがどういう質のものなのか
そのエネルギーを
どう使うのか
そちらの方が大切です。

この今までにない
大波を受けて
更に推進力として使うのか
ただ飲み込まれるままになるのか、

それは皆さん一人ひとりの
意思、意図にかかっています。

どの道を選ぶのも
自由です。

どちらが正しい、
間違っているではないことですが

後悔しないよう
この時期を過ごされますように
改めて
精いっぱい全身全霊で
意図と意思をしっかりと
持っておくことを
お勧めいたします。

ほんの少しだけ
(本当に微々たる程度です)
先に目覚めた
私からのアドバイスです



posted by かおる at 14:02 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月18日

二人羽織り

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先日、不思議な体験をしました。

あることで悶々としていて、
どうしたらいいのだろう?
と思った瞬間
ガイドから


「問題と同じ次元にいたら
解決することが出来ない」

と、アインシュタインが言っていた言葉を
伝えてきました。

問題から自分を離して
多次元的に見ればいいのだ、と
思った瞬間、


なんと!
意識が体から離れたのです。


離れたと言っても
分離したということではなく
まるで肉体に
どっぷり入っていた意識が
肉体に覆いかぶさるような
距離感まで浮上してきた、
という感じです。


その瞬間、
そう言えば
あるスピリチュアルリーダーの方も
同じ経験をされて
「肉体との二人羽織り」
と表現していたことを
思い出しました。

まさにその状態なのです!


そこで改めて
気付いたいのですが

私たちは
肉体(個)が自分であるという幻想から
観察意識が真の自分である、
と気付くことが
真の目覚めであると言われ
頑張って(?)きました。


そして観察する意識、
ということで
感情や体を感じ、
観察していた(つもり)と思います。



今回、意識が肉体を
離れたことで
根本が間違っていたことに
気付いたのです。


私たち観察する意識は
決して肉体と一体に
混然としているのではないのです。

思い返してみてください。

個を観察する、
と言っても
意識の目線や存在は
肉体の中になかったでしょうか?

常に肉体に意識が入った状態で
肉体を観察していなかったでしょうか?

その状態では、
ただの「つもり」で、
感じている感情や肉体の痛みも
それを観察しているというより
ただ肉体と一緒に感じているだけに
なっていませんか?
観察する、ということは
それそのものになっては
いけないのです。
それでは真の観察にならないのです。



ですから肉体から
離れることが大切だったのです!

だからと言って
分離と勘違いされても、
それは違うのです。

それでは幽体離脱になってしまいますが
それはただ単にエゴが肉体から離れた、
というだけで
真の目覚めには繋がりませんし
更に分離を強めてしまうだけです。


(実際、私も数年前まで意図的ではなくても
幽体離脱を頻繁に起こしていて
地に足の着かない状態で
中途半端な次元と繋がってしまうことが
何度もありました)


まさに二人羽織状態が大切なのです!


肉体を包むように意識があるのですが
肉体が感じている感情も、
肉体的な痛みも
意識である私が感じているのではなく
意識の外側で(内も外もないのですが
便宜上、そう表現します)
それを味わっているだけなのです。


そうすると芋づる式で
どんどんと分かり始め、


感情は
やはり自分が生み出したものではないし
あれがしたい、
これが欲しいという欲求も
自分のものではないし、


あれが好き、これが嫌いは
自分の好き、嫌いではない。


肉体の痛みは
自分の痛みではないし、

病気だとしても
それも自分が生み出したものでもなければ
自分の痛みでもないのです。


それがはっきりと分かるのです。



そして
真の自分」(観察する意識)に
意識してみると、
そこにあるのは
生命エネルギーに満ち満ちた
愛の至福の光が存在しているだけなのです。


それを中心に光のWEBが広がり
全て(情報も、知りたいことも、
過去や未来の記憶も、何もかも)
はここにあるという
圧倒的な時空の広がり
(実際は3次元的な広がりではありませんが)
がそこにあるだけでした。


それからというもの
もう個はただの個でしかなく
真の自分と思えなくなり

個が思うこと、感じること、欲求すること
それらをただただ
愛しく観察している状態です。


もうなんでもいいのです。

個が何を感じ求めても
肉体が痛みを感じていても

そこに問題は何もなく
体験を通して肉体がそれを受け入れ
観察している私に
伝えてくれているだけなのだと
分かりました。

ああ、なんていじらしく愛しい肉体でしょう。


相変わらず様々な感情は
出てきますが
その感情の存在は
ただの感情で
それ以上でも
それ以下でもなく、

問題でもなければ、
いけないものでも、
厄介なものでも、
手放す「べき」ものでも、
癒さなければいけないもの、
でもないのです。


何を感じたっていいし
何を求めてもいいし
そこに大切なこと、そうでないこと
そのような区別も一切ありません。

本当に全てが同じ価値として
存在しているのです。


この肉体から離れ
二人羽織りになることで
目覚めは一気に進みました。

観察する側の意識が
真の自分であると
言い聞かせることで
(そのように意図して生きると)
不思議と物事が
スムーズに行くことは
実体験として
何度も経験していたのですが
まだどこかすっきりと
完全に腑に落ちることが
なかったのですが

今回、
二人羽織りの
意識になったときに
様々なことが深く腑に落ち、

つい、肉体に意識が戻る時も
それがすぐに分かり
一瞬で二人羽織り状態に
戻ることが出来ます。

今はまだ慣れてなくて
肉体に入ろうとしますが
それも少しずつ
その癖も無くなっていくことでしょう。
(肉体に意識が
一体化しようとするのは
ただの癖です)


こうやってここ数週間の間に
ものすごい目覚めの
加速を経験しています。

これは私だけに
起きている訳ではなく
皆さん、
それぞれのタイミングで
起こってくるでしょう。

本当に意識の目覚めが
当たり前になってきたのだと
ひしひしと感じる今日この頃です。



posted by かおる at 11:41 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月17日

目覚めの進み方

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意識の目覚め、
覚醒を起こす方法で
一瞥体験というのがあります。

要はある朝、
何かの衝撃で
バチッ!と目が覚め
ガバッ!!と起き上がるようなものです。

様々な覚者の体験談は
そのような強烈な
一瞥体験をした方が
多くいらっしゃいます。

ですがほとんどの方は
そのような体験はしません。


思い出してみてください。
あなたの毎朝の目覚めの時を。

たいていが起きる時間に
(自然に目覚めるか
アラームで起きるかは別として)
ゆっくりと目が覚め、
ゆっくりと体を起こし
まどろみが残る中、
動き始めて
意識がしっかり、はっきりとするまで
少し時間がかかりますよね。

衝撃を受けたように
バチッ!ガバッ!!
と起きることは、
ほとんどないと思います。
(そんなこと毎朝やってたら
体がもたないですよ〜



それと同じで
たいていの方は
無理がないよう
ゆっくりと目覚めていくのが
自然です。

私も一瞥体験はなく
ゆっくりとゆっくりと
目覚めているような状態です。

ですが、
それでも
ここ数カ月、
数週間、
数日の
目覚めの速度は
とてつもなく早くなっています。

朝起きるたびに、
次の行動に移るたびに、
目線を変えるたびに・・・
という感じで

ほんの一瞬で
目覚めが進んで行っています。


もうこの個の体が
自分であることが
信じられなくなってきていますし、

感情や体の痛み、願望、概念、
それらが自分のもの、
という感覚が
なくなってきています。

分離という感覚も薄れ、
この世界に満ちているものは
光というもので存在していますが

今までの
しっかりと固定して存在していた
形、概念、感情、個という
分離など
全てが幻想であるということが分かり
(分かるというか、
どうして、
そう信じてこれたのかが
もう分からなくなってきました)

確実に目覚めへと
進んで言っていることを
実感する日々です。

もうこの個が持っている
感情や概念、願望、体の痛み、

皆さんが悩みとして
持っているものなどは
意識を向けることもなくなり
(問題だと認識することがなくなり)、

在ることだけ、
光であるという認識が
あるだけでもう充分であり、

何かを求めたり切望するのは
個が求めるのであって
真の私が求めていることではないことが
はっきり分かるので
興味がない状態です。

興味がないというと
語弊があるかもしれませんね。


光が自分であると分かると
どれを望もうが拒もうが、
どの道を進もうが止まろうが
それをただただ愛の状態で
ジャッジもせず
ありのまま受け入れるだけなのです。

何一つジャッジや偏りがないので
解釈すらありません。

それで充分なのです。

ただ在ることに至福を感じます。


感情や偏った見方、欲求が
自分のものでないことが
はっきりと分かるので

観察して感じてはいても
それが自分のものではないことが
分かるのです。

「自分」はこれが好き、
「自分」が選んだ、
「自分」の願望
という「自分」って誰?
私ではない、と分かるのです。


この感覚は
覚者の方の本やセミナーなどで
表現されていますが、

頭で分かったつもりでいたのと
実際に分かったのでは
こんなにも違うものなのかと
改めて言葉にして表現をすることが
意味をなさなくなってきた
と実感しています。

ですので
この目覚めを
どれだけ言葉を使って表現して
伝えようとしても
限界があり
それは真実の
実に小さな一部分しか伝えられず

それでもって理解してくれなどとは
とても無理な要望なので
私も言葉で伝える限界を感じます。

どうやったところで
真意は伝わらないのです。

やはり自分で
経験するしかないのです。


そして改めて思うのは
もう外側からの情報
(占い、メソッド、セミナー、
啓発本、人の言葉などなど)が
一切役に立たなく
なってくると感じています。

いかに自分の内側から
分かっていくか、
それこそが
唯一の真実であることを
実感していかれると思います。

その中で私はどのように
皆さんのお役に立てるかは
分かりませんが

(一瞥体験を有する)覚者の方々の
言葉の他に
普通の人が普通に
目覚める流れなどを
お伝えしていければいいな、
と思っています。

スピリチュアルを探求される方は
一瞥体験などのドラマチックな変化を
深い部分で望んでいる方がとても多いです。

心のどこかでいつか自分もそのような
強烈な体験を通して目覚めるのでは?と
期待されるから
そのようなセミナーに参加したり、
本を読んだり、瞑想や修行をしたり
目覚めの方法を求めるのだと思います。

かつての私もそうでした。

ですが、
とてもとても残念なお知らせですが
たいていはそうなりません(笑)!!

たいていの方はゆっくりとした目覚めの
道をたどるので
そこに拒否反応がある方は
まずはその概念を
手放していく必要があります。

期待と言うのは
今への否定です。

ですから、
今をありのまま受け入れることは
とても大切です。

そういう丁寧に意識的に一瞬一瞬を
過ごされるように
心がけていかれてください。

結局のところ
日々、その積み重ねです。

それは努力とか忍耐と
言うものではありません。

そういう生き方、在り方なのです。

そこをしっかりと理解頂き
取り組まれてみてください。

次回は私自身が目覚めが加速した
ある気付き
(ガイドから教えられました)を
お話したいと思います。

















posted by かおる at 11:15 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月10日

気配

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GW後半から
ひしひし、というか、
ひたひた、というか、
ある気配を強く感じるようになりました。


ここ数年感じていたことでしたが
余りにも微細なエネルギーだったので
あえて意識化に上がって
認知することはなかったけど
深い部分では分かっていたような・・・

それがここ数カ月、数週間、数日・・・

日に日に
その気配が強まってきて
ついに意識化にまで
しっかりと認知されるように
感知し始めたその気配。

何か大きく劇的に
(180度どころではない変化、変容)
変わりつつある
エネルギーの感覚。

もう完全に個を手放し、
本来の意識側
(真の自分)に戻らなければ
どうにもならないような
そんな感覚を内側から
湧きあがるように感じます。

ここ数週間の変化は明らかで

もう「自、他」という感覚が
なくなってきました。


目の前の
全ての命、出来ごと、空間
何もかもが
全て一つであり、

何かとてつもなく大きなものに
内包されている、

個が繰り広げている感情や
体の感覚を
日々を愛しく眺め観察している、

もうどれ一つ、
目の前にあるもの
(3次元に存在するもの)が
真の自分や
それに附属するものではない


個というのは
どんな感じだったっけ?

どうやって分離というものを
真実と思い込んでたんだっけ?


感情は自分のものって
どうやって信じてこれたんだっけ?

もうだんだんと混沌と
そして
玉ねぎの薄皮が一枚一枚はがれるように
光が強くなってきました。

多分、これは世界中で
起こっていることだと思います。

準備が出来た人から順番に
それは起こってくるでしょう。

どうぞリラックスして
楽しんで
素直に受け入れて下さい。



それと、
「つもり」は一切通用しません。

そうなったつもり、
目覚めたつもり、
分かったつもり、
受け入れたつもり、

エゴは騙せても
宇宙は一切通用しません。

「つもり」というのは
否定の感情、
受け入れていない態度です。
今、その態度は
意識の眠りにつながるものです。

どうぞ
分からなくても、
受け入れてなくても、
そこは素直に認めて下さい。

まずはそこからです。


大丈夫です。
あなたが真摯に宇宙と向き合っていたら
全ては完ぺきなタイミングで起こります。






















posted by かおる at 11:44 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月08日

微細な変化

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2017年は本気を試される
最後の年となっているように思います。

日々、
中庸の状態、
空の状態、
目覚めている状態

それらがまるで
呼吸するかのように
当たり前になるよう
色々なお試しが出てきています。

そしてそれらを
どんどんとクリアしていくと
そのお試しは
更に更に
微細な
お試しになっていきます。


それすらも感知し
クリアしていくような
まるでダンジョンを制覇し、
また次のダンジョンへと
ラスボス目指して旅する
ロールプレイングゲームのように
色々なことが起こってきます。

今まではそれをクリアすると
大きな変化という
分かりやすい
宝物をゲットするのですが、


与えたものが返ってくるという
宇宙の法則ですから
微細になっていけばいくほど
返ってくる変化は
微細なものになります。

それが変化がない
マンネリ化しているように
感じるかもしれませんが
そうではないのです。

多次元的にみると
微細な方が多様で
深い変化なのです。

何も変わっていないと思うのは
ただ単に3次元的に
そう見えるだけですから

どうぞ、
諦めず、慢心せず、面倒くさがらず
変化を楽しんでいかれてください

日々、繊細で微細なエネルギーが
満ち始め
加速しているように感じます・・・。



posted by かおる at 10:15 | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする